ノヤギとムニンノボタン

(2008年6月18日:父島・東平)
 植物に接していると、ひょんなことから野生化したヤギ(ノヤギ)の生活を垣間見て知ることがあります。
ムニンノボタンを例に挙げながら、今後のことについて一緒に考えていただければと思います。

 ムニンノボタンは大きく分けて植栽地と自生地があります。ムニンノボタン植栽地から離れた自生地では、2004年頃からポツポツとヤギ食害が始まり、2006年頃には大きな株が枯れるほど一時壊滅的な被害が出ましたが、自生地よりはるかに個体数の多い植栽地周辺は何事もなく無傷ですみました。

 ノヤギが周囲にいるという条件は、植栽地も自生地も同じです。
では、あの時2つの生育地で何が起こったのでしょうか、、、。
それには、ノヤギについて考えなくてはなりません。

 ノヤギは、大抵が数頭〜10数頭の集団で行動し、群れで決まった場所を利用しています。
ほとんどの植物を食べることはできますが、好き嫌いのはっきりしている(趣向性の高い)動物です。好きな植物から上手に選んで食べていくのです。
希少種など数が少ない植物でも、周囲にある多くの植物の中からわざわざそれだけを職人技のように見つけ食べるほど、自分の好きな植物に執着しています。そしてその趣向性は変わることもあります。

 自生地のノヤギの群れでは、始まりは一番チャレンジ精神旺盛な1頭が新しい植物(ムニンノボタン)を食べ始め、次第に他のヤギもまねして食べだしたのでしょう。<ノヤギの趣向性の変更>
植栽地のノヤギの群れでは、自生地と群れが違うので食べなかったことが考えられます。<ノヤギの群れによる趣向性の違い>

 現在、ムニンノボタンの自生地は頑丈な柵で覆われ、ムニンノボタンは以前にも増して元気に生育しています。これで一安心と胸をなでおろした矢先、、、
先月、植栽地近くにあるこの周辺では初となる自然更新の貴重な一株がノヤギの食害にあいました。植栽地周辺のノヤギの群れが食べ始めたのでしょうか、、、。今のところ数枚をかじった程度ですが、今後の動向が気にかかります。食害が度重なってくるようだと、早い段階で保護柵をつくることが大切になります。

 小笠原は森林生態保護地域という新しい利用ルールが今年中に始まります。
研究目的以外の目的では、ほとんどの国有林地へ入ることができなくなります。
私自身も、もうすでにめったに東平に行くことはありません。

 その中で一番心配なのは希少種の保護のことです。
人を排除しても、ノヤギは縦横無尽に山を歩き回り、日々生きる為に食事をすることに変わりはありません。
さらに、今まで島民も一緒になって希少種を見守ってきた状況から監視の目が減り、今度は各行政に希少種の保護をお任せする他なくなります。

 希少種の保護は、絶滅危惧種の研究やノヤギについての研究が少ない為か、駆除のやりやすさからか、どうしても外来植物対策やネズミ対策についての比重が偏りがちに思えます。しかし、ノヤギの直接捕食は他に類がないほど急激なスピードで希少種に大きなダメージを与えることは必至です。
同じような大型草食獣による食害植物は、世界各地で大きな問題になっています。

 ノヤギの徘徊する父島では、多くの絶滅危惧種がまさに絶滅の縁に立たされ、今も森林の後退と土の流出が止まりません。自主ルール制定後は、行政も今まで以上に父島のノヤギ対策と希少種の保護に真剣に取り組んでくれるだろうと心から願っています。

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