巽崎の写真


巽崎へ行く道は、10年くらい前は戦時中に使っていた軍道をたどって行ったそうです。今は、崩落に次ぐ崩落で道はなくなり、絶壁に近いような斜面の土や岩壁にしがみついて進みます。父島で最も
危険な山です。たぶん、今ではガイドも連れて行かないのではないでしょうか。一歩踏み外したら最後というような場所もありますから、このHPを見た興味だけで絶対行かないようにお願いします。

 何故こんな危険な場所の話をするかというと、
今回、皆さんに一枚の写真を見てもらいたかったからです。
小笠原の自然が好きだったら、小笠原の自然ガイドブックの元祖本であるフィールドガイド「小笠原の自然 東洋のガラパゴス」 (古今書院 小笠原自然環境研究会編)の本を持っている方が多いと思います。この本のp.14に載っている千尋方面を写した写真は、この巽崎から写しています。
本の写真がいつ頃写されたものか私には分りませんが、初版は1992年ですから、写真を写したのはそれより前のことなのでしょう。推定で20年前頃でしょうか。

本をお持ちの方は、ぜひ見比べてみてください。
若干アングルの差こそあれ、雰囲気は伝わると思います。
手前の丘(特に右下の丘)の植物がずいぶんなくなっています。
さらに、もっと細かい部分も見てください。

(2007年 千尋岩を望む)

 父島の植物の減少は、一説には乾燥の影響だともいわれています。
本当にそれだけでしょうか。
もとからの岩山もあるかもしれませんが、外来動物であるヤギの影響は無視できるものではありません。
例えば、巽崎から北東方向を見ると、絶壁の孤島であるくじら崎と巽島の小さな岩のような島があります。ここは、島の端から端まで見事に緑で覆われています。父島との違いは、ヤギがいるかいないか。かつての父島も、このような姿だったのではないかと思うのです。

戦後から返還後までの23年間は、人間による植生破壊がなかった為、小笠原の島々にとっては休息になったといわれています。しかし、聟島列島や父島列島で外来動物であるヤギが増えたのもこの時期です。弱い小笠原の植物は、外来動物による食害やそれと同時に大きな台風や干ばつを受けると、ある時急速に森林を失うのだろうと私は考えています。
本来の森林は、一度木々がなくなっても水分と栄養分を蓄えた草本類の林床があり、芽生えた実生からまた新しい森林をつくります。ところが、ヤギがいると林床はすでに草本類が少ない状態です。やがて、雑草さえも生えない裸地になってしまいます。
裸地というのは、ただ岩盤の上に土が乗っているだけです。雨の日には土が流れ、やがて地滑りを起こしていきます。最後の最後に残るのは、硬い岩盤だけです。

 巽崎は、父島の中でも被害の大きい場所です。しかし、残念ながら植生の後退や植物の減少はここだけに限ったことではありません。父島のいたるところで起きています。
東平でさえも、、、今の父島には、植物にとって休息できる場所などありません。

 自然保護を目的としたヤギの駆除は、現在父島は順番待ちをしている状態です。
こうして待っている間にも、父島の絶滅危惧種の減少や土壌流出は止まりません。刻一刻と絶滅に向かう絶滅危惧種たち、その果ての土壌流出、、、。岩盤になってからでは、もう二度と森林は戻りません。

巽崎(裸地化が進む一段目) ヤギの群れ

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